首席チェロ奏者、北口大輔がソリストを務める現代作品
も登場。バラエティに富んだプログラムでお届けする
2018-19 シーズンのハイドンマラソン

 お待たせしました! 2018-19シーズン第1回目のハイドンマラソンは交響曲第61番(1776)で幕を開けます。この交響曲の特徴は何と言っても第1楽章のフルートソロをはじめ、各楽器の聴きどころがたっぷりと用意されているところ。ニ長調の明るい響きに乗ってオーケストラを聴く楽しみが存分に味わえる作品です。大貴族エステルハージ家の宮廷楽長に就任して10年、この頃、エステルハーザ宮殿のオーケストラにはハイドンの眼鏡に適う優れた楽団員が揃っていたのではないでしょうか。その技量を並み居る賓客に紹介すべく、彼はこの曲を書いたのでは? 思わずそんな想像が頭に浮かぶ作品です。
 続いては少し時代をさかのぼって交響曲第39番(1767)をお届けします。ハイドンの疾風怒濤期と言われる時期につながる作品で、数少ない彼の短調の交響曲。その劇的な展開や楽器の用法(調性の異なる2組4本のホルン!)からモーツァルトの有名なト短調交響曲、第25番に影響を与えたのではという指摘がなされています。果たしてその真実は? ぜひ、実際に聴いてお確かめください。
 そして最後に置かれたのが交響曲第73番『狩り』(1781)。雇用主であるニコラウス・ヨーゼフ侯爵から音楽の独占権を解かれたハイドンが、ウィーンで最初に出版した作品であり、ハイドンの自信のほどがうかがえます。題名の『狩り』は第4楽章にハイドン自身がフランス語で「La chasse」〔狩〕と書き込んだことに由来します。その第2主題に現れる2本のオーボエと2本のホルンが「狩り」の召集の合図。もちろん王侯貴族の娯楽であった「狩り」の楽しさは全楽章に溢れ、ハイドンならではの活気に満ちた音楽が展開されていきます。

この時期の交響曲は過去のハイドンマラソンでも演奏されています。
センチュリーウェブマガジンVol.1
http://www.century-orchestra.jp/webmagazine/vol1.html#future
センチュリーウェブマガジンVol.3
http://www.century-orchestra.jp/webmagazine/vol3.html#future

 今シーズン、ハイドンマラソンでは、交響曲の合間に邦人作曲家による現代音楽をお聴きいただきます。この日お届けする作品は『文楽(無伴奏チェロによる独奏)』。戦後を代表する作曲家のひとり、黛敏郎(1929-97)が1958年に発表した作品です。
 代表作『涅槃交響曲』では僧侶の声明(しょうみょう)を模した男声合唱の導入や、梵鐘の響きをオーケストラで再現するなどの先進的な試みを行った黛には、西洋音楽であるクラシックの中に、日本古来の音響を封じ込めたようないくつかの作品があります。この『文楽』ではチェロ1本で、大夫の語りや三味線(太棹)の響きを再現。目を閉じて聴くと、そこに人形浄瑠璃の舞台が繰り広げられているような感覚に誘われる、独特の緊張感に満ちた作品です。独奏チェロを務めるのは日本センチュリー交響楽団首席チェロ奏者、北口大輔。表現力に富んだその音色をお楽しみください。

黛敏郎(1929-1997)
北口大輔
(日本センチュリー交響楽団首席チェロ奏者)

 現在4年目を迎えたハイドンマラソンでは、コンサートと併走して、CDの制作も順調に行われています。6月27日には、最新CD「ハイドン交響曲全集Vol.4」をリリース。第5回、第6回のコンサートからのライブ音源を収録し、これまで14曲の交響曲をお客さまの手元にお届けできるようになりました。ハイドン独特の優美で温かな音楽が、センチュリーの精緻な演奏によって捉えられたCDとして各方面よりご好評をいただいています。ライブ録音ならではの心地よい緊張感も、センチュリーのハイドン演奏の重要な要素。これからも長い道のりを、お客さまと一緒に走って行きたいと思います。4年目を迎えたハイドンマラソンをどうぞよろしくお願い申し上げます。

現在発売中の「ハイドン交響曲全集Vol.1~4」の詳細はこちらから
Vol.1~3
http://www.century-orchestra.jp/discography/
Vol.4
http://www.century-orchestra.jp/topics/haydn_cd4/

いずみ定期演奏会No.39
ハイドンマラソン

2018年10月19日(金)

19:00開演(18:00開場)

 とにかく、昔から音をいじるのが好きでした。最初に「和音」というものを知ったのは、キーボードで遊んでいた時。僕がまだ小学生だった頃、何を弾くでもなくキーボードを押して遊んでいると、おもむろに父がド・ミ・ソを押して「これが長三和音だよ」と。それから短三和音、減三和音、最後に増三和音を教えてくれました。「これは象さんの和音なんだね!」なんてことを言うような可愛い子供では、残念ながらありませんでしたが、音を半分動かすだけでこんなにも違う響きになるのは不思議だなぁと思って、ひたすらドミソだけで4つの和音を行き来させていたのはよく覚えています。ちなみに余談ですが、「政治家の汚職事件」は本当に「御食事券」だと思っていました(母と姉爆笑)。これは恐らく「台風一家」に並ぶもっとも誤変換されやすい熟語だと思うのですが、どう思われますか?

 閑話休題…。中学校では吹奏楽部に入り、初めてホルンを吹くようになります。実は入部当時は楽譜が全く読めず、いつも五線の一番下の線(ミの音)から数えていました。そんな僕が楽譜を作るようになったのもまた、父の影響でした。父は陸上自衛隊の中央音楽隊でハーピストを務めておりましたが、音楽隊のための編曲も手掛けていたのです。父は、編曲をする際に「フィナーレ」という楽譜作成ソフトを使っており、僕にもその使い方を教えてくれました。そのソフトには書いた楽譜を再生してくれる機能がついているのですが、自分の書いた音が現実に音となることがとにかく面白くて、夢中になって音を打ち込みました。ただ、父のパソコンを学校に持っていくわけにはもちろんいかないため、五線紙をいつも持ち歩いていました。音はその場で出せないものの、これはどんな音になるんだろうとワクワクしながら書いていました。

中学校時代、吹奏楽部での様子

 そんな原体験があって、現在の僕が出来上がりました。昔の僕は、まさかオーケストラの編曲をさせていただける日が来るなんて夢にも思っていなかったことでしょう。本当に幸せなことです。

ホルン三重奏のために書いた童謡メドレーの自筆譜

 ここまで僕の拙い駄文をご精読頂き、誠にありがとうございました。最後に、記事冒頭の僕の写真を見て、或いはここまでの文章をお読みになって「あぁ、ホルンも演奏できる編曲家の人やな」と思われた方へ。「編曲もするホルン吹きの人やな」と思って頂けるようにより一層精進いたしますので、今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。でも、新しい編曲作品にも乞うご期待!笑

よくカフェでノマド的なこともやっています

 「アウトリーチ」とは、手を伸ばすという意味の英語(Reach Out)から派生した言葉で、一定の団体や個人の、主に教育、福祉などの分野における社会へ向けた活動を意味します。全国のプロ・オーケストラが、現在さまざまなかたちでこのアウトリーチ活動に取り組む中、実は日本センチュリー交響楽団の大きな特徴のひとつと言えるのが、その一環であるコミュニティプログラムの充実。センチュリーのコミュニティ/教育プログラムを担当する柿塚拓真へのインタビューを通して、地域に根ざしたオーケストラの活動を3回のシリーズ(不定期)で紹介したいと思います。

■いわゆるアウトリーチ活動の中で、特にコミュニティプログラムと呼ばれるものの位置づけと、現在の主な活動からお話を聴きたいと思います。

柿塚:今動いているコミュニティプログラムを始まった順番で言うと、「The Work」「世界のしょうない音楽祭」「お茶の間オーケストラ」「家族でオーケストラ」の4つです。広義のアウトリーチ活動というと府立病院や支援学校でのアンサンブルとか、豊中市で行っているまちなかクラシックとかも入ってくるんですが、その中で特に一般の人が参加して、楽団員と新しいものを作っていくようなアプローチをとるものを、特にコミュニティプログラムと呼んでいます。

■こうしたプログラムを推進する背景、というかきっかけはどこにあったんですか?

柿塚:2011年の民営化がひとつのきっかけではあると思うんですよ。それまで府立のオーケストラとして、例えば「タッチ・ジ・オーケストラ」(※注①)とか、府立病院のコンサートなどのアウトリーチ活動は行って来たんですが、自主運営の新しいオーケストラとしてさらにどういうことが必要なんだろうと考えた時に、ふたつの側面があると思ったんですね。ひとつはクラシック音楽を主体として演奏するオーケストラであること。そこではベートーヴェンやブラームスといった過去の作品を再創造するわけなんですが、それだけをやっていると我々が生きていることの同時代性がどんどん失われていく危険があると思ったんです。だから一方にそれを持ちながら、オーケストラの新しい価値みたいなものを同じ時代に生きている人たちと創っていく側面があるべきじゃないか、と。このふたつがセンチュリーのコミュニティプログラムの根底にある、基本的な価値観だと思うんです。

※注①「タッチ・ジ・オーケストラ」:オーケストラに触れて「体感」していただく、学童を対象としたコンサート。毎年度はじめに学校、学年単位での応募を募り、センチュリーオーケストラハウスで開催する。
詳細はこちらからhttp://www.century-orchestra.jp/activities/touch.html

■柿塚さんは2008年の入団とうかがいましたが、当初からアイデアは持っていたん ですか?

柿塚:先行する事例を調べたりとか考えはあったんですが、なかなか具体化することができませんでした。そんな中で2013年にブリティッシュ・カウンシルというイギリスの公的国際文化交流機関が主催するスタディツアーがあったんですよ。日本のコンサートホールとオーケストラの若手中堅マネージャーをイギリスに10日間連れて行って、イギリスでどういうコミュニティプログラムが行われているかを見学させるというもので、それに応募して行ってきたんです。例えば、BBC交響楽団とかロンドン交響楽団とか、あるいはバービカンセンターとかサウスバンクセンターみたいなホールがどういう風に地域の人たちと活動しているか、どう音楽家と音楽以外の分野の専門家とパートナーシップを組んでやっているか、みたいなことを見たんですよ。それがひとつの大きな刺激になって、オーケストラがホールで演奏を聴いてもらうということ以外の双方向的なアプローチを、参加する人もオーケストラのメンバーも対等な立場で交流することで新しいものを作っていくみたいなプログラムを今のセンチュリーでやってみようと思ったわけです。それで日本に帰って来て僕の最初の仕事が、野村誠という作曲家を口説くことだったんです。

オーケストラ・ホール関係者向け英国派遣プログラム(2013年1月実施)
https://www.britishcouncil.jp/programmes/arts/music-education/study-tour/jan-2013

■野村さんに楽団員とコミュニティを、対等な関係で結ぶ役割を依頼したわけですね。

柿塚:そういう部分をリードしてくれる音楽家が必要だな、ということを感じていました。イギリスではワークショップリーダーとかファシリテーターやアニマトゥールという呼び方をするんですが、オーケストラのメンバーと一緒に活動する作曲家だったり、即興演奏家だったりみたいな人がいるわけですよ。彼らが一緒に地域に出て行って、プログラムを作っていく。イギリスにはコミュニティプログラムの30年以上の歴史があるんで、そういう人たちが結構いるんです。実際大学にもコースがあったりするんですね。

コミュニティ・プログラム・ディレクターの野村誠

■2014年に「The Work」がスタートします。僕も見学させてもらって、オーケストラが行う若者を対象とした就労支援プログラムとして、画期的なものではないかと思いました。

柿塚:海外で成功した事例をそのまま日本に持ってきても、それは上手くいかないってことはよく言われます。だからまず、大阪というわれわれの環境が、どういうことを課題として感じていて、どこに音楽がアプローチすれば、より有効かみたいなことを考えたわけです。そうすると、オーケストラの聴衆の高齢化という問題に対しては、「タッチ・ジ・オーケストラ」という次の世代の子どもたちのためのプログラムがひとまずあるわけです。それから病院とか高齢者施設で慰問演奏みたいなものはすでにやっている。ただ僕は現役世代、23~65歳といった年代になかなかアプローチができていないということをずっと思っていて、しかも、その中の若い人たち、20代30代ぐらいまでの人たちにアプローチしてこなかったなという思いがありました。まして、仕事になかなか就けない状況にいる若い人たちって、普段、演奏活動ばかりやっている僕らとは距離が遠いので、やはりこちらから出向かなきゃ会えないですよね。

■では、その若い人たちと出会う方法はどのようにして?

柿塚:「ハローライフ」というNPOが、これまでの面接の練習とか履歴書の書き方を教えるといった活動ではなく、個人がどう社会に出てきて、自分の中に仕事というものを築き、就職活動をしていくかという、民間でしかできないような就労支援をしていたんです。就職を希望する若い人たちの多くが「ハローライフ」に登録していて、彼らと組めばそういう人たちにも手が届くんじゃないかということで「The Work」は「ハローライフ」との協業としてスタートしました。ですから「The Work」全体は、センチュリーがプロデュースする7回の音楽創作プログラムと「ハローライフ」がプロデュースする就活プログラムで成り立っているんです。

■その音楽創作プログラムの部分が、若者たちと楽団員でひとつの音楽を創り上げるというワークショップですね。参加した人たちはここから何を持ち帰ることになるんでしょうか。

柿塚:経団連が各企業に、新入社員に求める資質みたいなことをずっとアンケートを取っているんですが、その中でダントツ1位なのがコミュニケーション能力なんですよ。とは言え、そうしたものの開発を目標にするにしても、最初は楽団員も何したらいいかわからないし、若者たちもずっと黙ったままでした。1年目はワークショップでの創作のノウハウもなければ即興演奏のノウハウもなかったので、野村さんに事前に来てもらって作曲体験みたいなことはしてもらったけど、ほんとにそれが方法論として使えるのかなあ、みたいな感じだったんですね。

第一回目「The Work」の様子

■センチュリーとしても、楽団員としてもゼロから学んでいった…?

柿塚:音楽を創るといったところで、アイデアを出すことに関しては音楽家も若者も同じ条件です、そうするとひとりの人間として相手に向き合わなきゃいけない。はっきり言ってそこだけ見たら、なんて気まずい空間なんだろうって人は思ったと思うんです。楽団員がひとりの人間として若者たちに向き合いつつ、音楽的なことで自分のアイデアを出していく、あるいは上手にアドバイスをしていくってことは、自分の音楽性の引き出しみたいなことにも関わってくるので、彼らにとってもすごくヒリヒリするような時間だったと思います。ただ、それこそがコミュニティプログラムのひとつの特徴であって、音楽家と一般の人が、対等な立場で交流するということに繋がると思うんですね。「The Work」の始まりはそんな感じでした。

■第1回の発表はどんな形で行ったんでしょう。反応はいかがでしたか?

柿塚:「日本センチュリー交響楽団のテーマ」というのを作って、大阪駅で発表イベントをしたんですよ。15分くらいの、ずっと「ニホンセンチュリーコウキョウガクダン」って言葉を歌っている曲なんですが、駅前なので立ち止まって聴く人もいるだろうし、でもその場を一瞬通り過ぎるだけの人たちにもアピールするにはどうしたらいいかっていうことなんかも考えながら。楽器を持って間もない、音量もそんな大きくない人たちには、ハードルも高かったと思います。ただ社会的機能尺度と言って、これはどれだけ外出したり、人と交流したりしたかってことを点数化した、個人の社会性を測る指標なんですが、「The Work」の参加者のビフォーアフターの平均ってものをとると、それが良化しているんです。そんな結果が出たり、まずは一通り、楽団員もやってみたことで、自信がついたというのはありました。そこをスタートラインとして、「The Work」はこれまで4回行って来て、センチュリーとしてもノウハウの蓄積ができたという手応えを感じているところです。

大阪駅での発表イベント

「The Work」にご興味のある方はこちらの記事もぜひご覧ください
http://www.century-orchestra.jp/webmagazine/vol3.html#topics

INDEX
Back Number

ページの先頭へ戻る